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トリプルオゥを支えるヒト

【トリプルオゥを支えるヒト】

仕上げ担当 大川

インタビュー/野村

トリプルオゥ立ち上げ当初から仕上げを担当し、品質管理の要でもあった大川さんが今月引退する事となりました。

勤続25年。笠盛では従業員のなかで最年長の大川さんに

働く事についてとトリプルオゥへの想いを聞きました。

スマートフォンを使いこなしインスタグラムなどのSNSもやっているアクティブな80歳が今感じることとは?

野村 トリプルオゥに配属される前はどんな仕事をしていましたか?

大川 入社した当初はワンポイント刺繍が忙しくてね

繁忙期はゴールデンウィーク中も休み無しなんてこともあったよ。

その後は特殊ミシンでカーブのピンタックを縫ったり、ニードルパンチをしたり

最初は失敗も多くて、ニードルパンチは叩きすぎて布地に穴を空けるなんてこともあったり、、

野村 大川さんにもそんな時期があったんですね。

トリプルオゥが立ち上がったのは10年前。当初から仕上げに携わってきた大川さんですが今までに苦労した事はありましたか?

大川 トリプルオゥの初めはDNAラリエットの注文が多くてね

最初の頃はまだ糸が開発段階だったから金糸がいい具合によれてなくて

細かい糸が出てくるのをひたすらカットしていたの

もうとにかく大変!

今は糸が改良されてそんな作業も無くなったけど未だに忘れられないよ

野村 私も以前はDNAラリエットを縫っていましたが、開発当初はそんな苦労もあったんですね。最近はどんな仕事が多いですか?

大川 いろんなアクセサリーの仕上げをやってきたけど

やっぱりスフィアプラスネックレスの仕上げが一番多いね。

球の糸が浮いていたりする所を見つけて一個一個手縫いで直すのだけど

球の直し方も糸の入れる方向やどこを縫い止めるか、いろいろ工夫しているの

大川 今はミシンの子達が縫い方を考えて工夫して縫ってくれているから何も言わないようにしているの

縫いあがりもとても良くなったし

特に良く縫われていた時だけほめほめカード(※)を書いてほめてあげる。

(※褒めたいと思う人にほめほめカードを書いて手渡す弊社独自のシステム)

野村 私たちの頑張りを見守ってくれていると思うと安心してミシンに集中出来ます。

たまに”ほめほめカード”をもらうともっと頑張ろうってやる気が出るんですよ!

野村 大川さんが仕事をする上でこだわりや大切にしている事はありますか?

大川 縫い止りは針で入れるのがこだわりだね、そのほうがきれいに仕上がる。昔は人手不足でとにかくスピード重視だったけど、今は時間かかってもきちんとしたものでなくちゃと思っているから、、

野村 スピードや効率と品質のバランスって難しいですね。ミシンも限られた時間の中でベストを尽くせるようにいつも頭をフル回転させてます。

野村 大川さんはこの4月で笠盛ともお別れですが、このタイミングなのは何か理由があるとか、、?

大川 糸の撚り屋(数本の繊維をねじって一本の糸にする仕事)だった私の父親が

「わしは80歳まで仕事する!」って言って本当に80歳まで仕事したの。

そんな働き者の父が大好きだったから私も同じ年齢まで頑張ろうと思って、、

80歳になったからもういいかなと思ったの

野村 最後に、大変な時もあったと思いますが笠盛で25年間働いてきた原動力はなんでしたか?

大川 健康だったこと、そして仕事が大好きだったことだね

趣味は何ですかと聞かれたらいつも仕事って言ってたよ!

仕事が趣味という言葉はアクティブな大川さんらしい言葉だなと思いました。

ミシンも細心の注意を払って縫ってはいるものの全て完璧とはいかないのが悔しいところ。日々改良を重ねていますが最終的には仕上げの人たちの手仕事によって支えられている部分が大きいです。

多い時には何千本ものネックレスを一本一本目で見て検品し出荷する

機械では出来ない作業はまさに職人技といえます。

ブランド立ち上げ当初は大川さん一人きりだった仕上げ担当も、今では3人に増え

技術の継承がされてきました。

大川さんのどんなことにも挑戦し楽しむ姿勢は

トリプルオゥのチーム全員に受け継がれているように感じます。

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この記事を書いた人

創業145年の刺繍メーカーが、長年培ってきた刺繍の技術を生かして作る、まったく新しい糸のアクセサリーブランド、000(トリプル・オゥ)。0.1mm単位のプログラミングと、職人の手仕事が合わさった立体刺繍で、使い手へのやさしさにこだわった商品を生み出しております。

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